はじめまして、次郎丸です。

この投稿では、僕がナンパ師になる前から現在に至るまでの経緯についてお話します。


受験勉強に明け暮れて女っ気のなかった次郎丸



「付き合っている人がいるの、ごめんなさい」


あれは忘れもしない中学2年の秋だった。

学校で一番可愛い女子バスケ部のM子に

バスケットボールと一緒にパスされた言葉。



頭の中では毎日濃厚なセックスをしている子に

現実を突き付けられた日を今でも忘れません。




それを期にしてグレてしまえば逆にモテるようになっていたのかもしれませんが、




僕はスポーツと勉強、趣味に没頭するようになりました。



「人よりもバスケが上手くて成績が良ければモテるんだ」






完全なる劣等感と承認欲求を持ったまま、進学校の理数科に入学して、

音楽オタクとつるみ、シコシコと勉学に励む日々。



そして、高校3年からガラケーの出会い系にハマってしまい、

ギャル系のお姉さんと会っては歩いている途中にバックレられるという

苦い思いを繰り返していましたw



そりゃそうだ・・・



見た目も中身も超ダサかったから(笑)


親に買ってもらった服を着て、自分の世界だけの女とは無縁の趣味をして

女の視点で自分を客観視する習慣が全くなかったからです。



そんなこんなで、出会い系へのアクセスが増える度に学業の偏差値が落ちていきましたが、

なんとか世間では優秀とされる大学に入学することができました。


これで人生リセット、新たな出会いがあると期待していたのですが・・・

モテとは程遠いキャンパスライフの始まり

「大学生デビューしたら彼女くらいできるだろう、ぐふふ」




と環境の変化を期待して大学に入学したのですが、

その期待は入学初日に見事に裏切られました(泣)



高校に引き続き理系の大学であったため、

女子が全体の2%くらいしかいなかったのです。

包茎手術でサッパリした甲斐もなく、

僕の桜木君は悶々とベンチを温める日々を過ごしていました。



このままではヤラハタ(セックスをしたことのない20歳)になってしまう!w


そう危機感を感じた僕は、突発的・人為的な出会いであるナンパを始めようと決意したのです。


ナンパで童貞喪失・吹っ切れた大学時代

ナンパを始めたものの、その当時(2001年頃)はインターネットもさほど普及しておらず、

情報や目標とするロールモデルも少なかったため、試行錯誤は困難を極めました。



とりあえず髪を金髪にして日サロで肌をこんがり焼いて、

見るからにオラついた服を着ることから始めました。












もちろん理系の大学では浮きまくっていました(笑)


そして、自宅から新宿駅や渋谷駅までのナンパ用定期券を購入して、

毎日ストリートナンパをするようになりました。



女の子に声を掛けられない地蔵状態で苦しんだときもありましたが、

ヤラハタになる恐怖とAVでしか見たことのないセックスへの好奇心とで

一心不乱で声を掛ける毎日を過ごしていました。



そしてついにその日がきました!


新宿アルタ前でナンパしたヤンキー上がりの子と2002年5月にセックスすることにより

僕のヤラハタ危機に終止符を打つことができました。


※初体験から欠かさず記録しているセックス台帳w


その子の家に上がるとき、その子の母親に「頑張ってね」と

励まされたことを覚えています(笑)



その後、女を扱う職業であるホストやキャッチをバイトとしてかじりながら

若さゆえの勢いにまかせたナンパを日々行っていました。

大手企業の社会人(社畜)デビュー

ナンパをし過ぎて大学を1年留年した後、

運良く第一志望の大手企業に入社することが出来たのもつかの間、




待っていたのは社畜ライフでした(泣)


学生時代のようにいつでもナンパできる余裕はなかったし、

そもそも会社帰りのサラリーマンの印象で大好物のギャル系を攻め落とすことに

難しさを感じていました。

クラブナンパ(クラナン)師への覚醒

ある日渋谷で歩いていると、ギャル系の可愛い子と一緒にいる男について

一種の共通点があることに気づきました。

ボウズ頭に髭、そしてダボダボのジーンズの男達だったのです。




その当時、インディーズ感漂う初期のExileが

ポップカルチャーを席巻している最中だったので、

いわゆるヒップホップ系の男臭い男がかっこいいと言われる時代でした。

現在のK-Pop系とは真逆のトレンドだったのです。



そのことに気付いた夜、僕は風呂場で

乾電池式の古いバリカンを手にしました。



「今日からヒップホップを聴くメ〜ンw」






案の定、翌日は会社で「何かの責任でも取ったのか?」と大騒ぎになりましたが

「気合を入れてきました」と爽やかに誤魔化しました。



私服もダボダボなジーパンにニューエラの黒いキャップをかぶるようになり、

デカいネックレスを首からぶら下げるような大きなイメチェンを図りました。



外見が変われば雰囲気や心構えも変わるので、渋谷のヒップホップ系のクラブで

ギャルを頻繁にお持ち帰り出来るようになりました。






※飲み友達と書いてありますがヤ〇友達でしたw


この思い切った行動・変化により成果を得た経験が、

今後の僕の人生において大きな財産となりました。

社会人(社畜)疲れと新たな野望




徐々に僕の女の興味がギャル系から外人系に変わり始めたころ、

僕はウィリアムという日本とドイツのハーフの青年に出会いました。

彼は25歳でありながら、持ち前の語学力とリーダシップ、そして自信で

ドイツの中小企業の日本支店のマネージャーをしていました。

彼と行動を共にするに連れて、彼のライフスタイルと自分のとで

大きなギャップがあることに失望し始めました。



ウィリアム:「今日夕方ころバーに女ひっかけに行こうよ」
次郎丸:「今日も仕事終わらないかもしれない」
ウィリアム:「何時に終わるとか計画ないの?」
次郎丸:「日本人は仕事に振り回されること前提だから分からない。飲み会もありそうだし」
ウィリアム:「飲み会って仕事じゃないじゃん?俺は自分開催以外は断ってるよ」
次郎丸:「てか今日仕事ないの?」
ウィリアム:「今日は会議ないからオフィス行ってないよ」
ウィリアム:「家で仕事して、セフレに飯作ってもらってた」
次郎丸:「・・・(外国人羨まし過ぎる!)」


同じ会社員なのにも関わらず、人種が違うだけでこれほど自由度が違うのかと

愕然としました。

会社に振り回され搾取される人間と、若くして会社とフェアな協定を結ぶ

権利のある人間。

彼の語学力や交渉力、リーダシップ、自信は凄いものなのだが、

外国人特別対応されることにより、日本人のような振る舞いや理不尽への我慢

仕事の正確性を要求されないことに、どうしても納得がいかなかった。

日本の労働環境が相手の属性によって対応を変えるのであれば、

その手を逆に使ってやろう!

そして、あわよくば海外移住して社畜人生におさらばしてやろう!

という野望が膨れ上がってきました。

ナンパ封印→海外留学→海外就職




ここで僕は、スマホやパソコンの表示、日常の読み書き全てを英語で行う

「英語縛り」という荒行を決意しました。

パソコンも日本語の打ちにくい米国キーボード版のパソコンを

あえて使っていました。

日本人の女へのナンパについても、日本語を使うという理由から

封印することを決めました。

女関係の読み物をするのであれば、英語でのナンパのセリフ集や

アメリカの恋愛心理学教材を勉強するなど

徹底的に英語を使って勉強することにこだわっていました。



そしてオーストラリアでの短期留学を皮切りに、

シンガポールとニューヨークの会社で働くようになりました。

ついに、残業が年に数回あるかどうかの、

日本人からしてみれば夢のような世界を満喫できるようになったのです。



日本帰国でナンパ活動復帰・社畜にも復帰w

シンガポール近辺では風俗が充実しているため、コスパを考えると

ナンパをする必要がないのですが、

心は日本でナンパをしていた頃のワクワク感を求めるようになってきました。



それに追い打ちをかけて、シンガポールでの永住権の申請が2度却下されたため、

安定的にシンガポールに居続けられるのかどうかについて不安がよぎりました。

永住権がないと有事の際にシンガポール内で転職しにくくなるためです。

「日本でちゃんと会社を選んで働けば、非社畜的な生活が送れるのでは?」

と絶望の中に光る僅かな希望を胸に日本帰国を決意しました。



日本に帰国してからは、ナンパのマインドや技術、ファッション全般において

ブランクによる狂いが生じていたため、それらの補正作業に取り掛かりました。



最初の2年間は自分なりの試行錯誤で答えを見つけようとしていましたが、

外資系企業の日本支店IT部長として、日々理不尽な板挟みとストレスに苛まれているため、

試行錯誤を行う気力自体がなくなりつつありました。



そのとき「全ての成功は模倣から生まれる」という格言を思い出しました。



そうです。自分でナンパに関わるアイデアや改善点を見つけるのが困難なのであれば、

誰か上手い人を真似たりアドバイスを貰えばいいのです。

単純かつ効率的な話です。



そこで、僕はインターネットでYASUさんというナンパ師の存在を知りました。

早速、彼のメール講座を受講して彼のナンパ音声を聞くことにより、

自分の改善点を明らかにしていきました。

彼と僕とは世代とバックグラウンドがかなり似通っているため、

「自分もやれば彼みたいになれる!」という親近感と現実味を感じました。

それと同時に、彼のナンパの原点がTAVというナンパ・恋愛心理学教材であることを知り

すぐこの教材を試してみました。

このTAVは、本質的な部分が以前学んでいたアメリカの恋愛心理学教材と

完全に一致してるため、理解をするのが比較的簡単でした。

逆に、アメリカの教材だと、日本人同士のシチュエーションで

どのように対処したらよいのか具体的なイメージが湧いてこなかったため、

TAVの岡田さんのナンパ音声で本質的な部分を押さえたコミュニケーションの

イメージをつかむことができました。

ナンパで独立宣言




最近は、

「そもそも6年前に国産の社畜ライフに嫌気がさして海外に出たのに、また社畜になるんかい?」

自分自身への疑問を直視するようにしています。



「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを私はやりたいのだろうか?」

「もしその答えが「NO」という日が何日も続くのならば、私は何かを変える必要がある」

スティーブ・ジョブズ

「組織が腐っているとき、自分が所を得ていないとき、あるいは成果が認められないときには、辞めることが正しい道である。出世はたいした問題ではない」

ピーター・ドラッカー

「これまでと少しちがったものの考え方をすれば、星のほうからあなたの手の届くところまで近づいてくるでしょう」

バルバラ・ベルクハン



そうです。先人の知恵とナンパの神様が

僕の進む道を指し示してくれていることに気付きました。



僕はナンパで独立します。

ナンパを楽しみ、僕の大好きなふくらはぎの綺麗なスレンダーなギャルをゲットして

そのスキルを公共の福祉のために使います。



そんなこんなで2017年の秋にサラリーマン生活に別れを告げ、

専業ナンパ師として胸と股間をアツくするナンパ・恋愛情報を発信しています。


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